前回に引き続き、イオンエンターテイメント株式会社の取材内容をもとに、映画館のUXデザインについて紹介します。
 前回は、映画館を利用中のユーザーに焦点を当て、「限られたスペースの中で、質の高い体験を維持する」ためにイオンシネマが取り組んだ課題について紹介しました。
まだご覧になっていない方は、こちらからご覧下さい。

https://ux-media-qtm.com/aeonchinema-ux-2/

 今回は、地域密着型のシネコンとして、イオンシネマが商業施設や地域との繋がりを活かし、どのようにUXを向上させているのかを紹介します。

 イオンシネマは商業施設の中に複数のスクリーンを持つシネコンです。映画館単体の使い心地や体験価値の向上はもちろん、映画鑑賞前後の時間も楽しめる工夫を商業施設と連携して行うことで、顧客の総合的なUXを向上させる取り組みを行っています。
 近年、小売業界ではOMO(Online Merges with Offline)が浸透し始め、オンラインとオフラインがシームレスに融合し、オンラインを起点としたサービスへと変化しています。リアル店舗は、顧客と関わるひとつの接点として捉えられ、求められる質が大きく変化しています。リアルでしかできない体験を提供する必要があり、商品やサービス単体の質を向上させるだけでは不十分であると言えます。ユーザーにショッピングや映画鑑賞だけでなく、「時間を過ごすのに快適な場所」としての価値を与えるためには、UXへの理解不可欠です。そのためには、顧客の行動をジャーニーとして広く捉え、総合的な体験価値の向上を考える必要があります。


イオンシネマでは、「その日、どんな作品を上映しているか知らなくても、来たいと思ってもらうこと」を目指しています。観たい作品が観られるだけではなく、イオンシネマに行くこと自体を目的にするためには、どのような工夫がされているのでしょうか。

■商業施設との連携
 イオンシネマでは、イオンモールをはじめとする商業施設と連携を図り、より良いユーザー体験をサポートしています。イオンモールでは大型駐車場が利用できるため、特に車での移動が中心のファミリー層が多く訪れます。あらゆる世代が買い物できるテナントやレストラン、そして映画館等、一日中快適に過ごせる工夫が揃っています。顧客がショッピングセンターを訪れ、帰るまでの一連の体験をサポートすることで、UXの向上に繋げています。
 イオンシネマの映画チケットの提示で飲食店やテナントの割引サービスが受けられるなど、映画鑑賞前後の時間も、同じ商業施設内でゆっくりと過ごせる工夫をしています。映画鑑賞の前後にユーザーがどのような行動を取るのか、何を必要としているかを想像し、それに合わせたサービスを施設全体で連携して提供しているのです。
また、イオンシネマではショッピングセンター内に映画コーナーを設置し、作品に関連した商品の告知や映画キャラクターの等身大パネルの設置することがあり、施設全体で協力し、作品を盛り上げる取り組みを行なっています。顧客は作品関連の商品を知ることができる他、映画キャラクターの等身大パネルと記念撮影を行うことも出来ます。

イオンモール幕張新都心外観の写真

※イオンモール幕張新都心の写真

 ■広告を使ったUXの向上
 広告とUXには密接な関係があります。ユーザーにとって有益な情報を提供し、ユーザーの関心を引く広告は、UXの質を向上させます。しかし、ユーザーの行動を妨げ、不快な感情を抱かせる広告は、UXの質を落としてしまいます。UXを考慮しながら広告を設計することで、ユーザーは広告を受け取りやすくなり、広告主もより良い成果を得ることができます。コンテキストに即したターゲットユーザーに向けられ、適切な場所や形式で表示される広告が、ユーザーにとって価値のある広告と言えます。イオンシネマでは、シネコンという場所を最大限活用した広告枠を提供しています。

○スクリーン広告
 映画館の持つ最大の特徴は、圧倒的な大画面と大迫力の音響です。イオンシネマでは、この設備と、映画を観に来ているというコンテキストを最大限活用し、本編が始まる前の時間を広告枠として販売しています。

広告が映し出される劇場内の大型スクリーンの写真

 劇場内では、携帯電話等の外部の情報をシャットアウトした状態で、クオリティの高い映像を見せることができるため、ユーザーの意識をスクリーンへ集中させ、正確にメッセージを届けることができます。また、スクリーン広告では、長尺CMに対応しており、ストーリー性のある広告や、より凝ったクオリティの高い広告が上映可能で、感情に訴えかける「魅せるCM」をユーザーに伝えることができます。
 映画を観に来ている観客は、積極的にトレンドを収集し、行動に移すアクティブコンシューマーであると考えられます。そして、映画を観る前の高揚感とともに広告を見ることが考えられます。このようなコンテキストにおいて、広告は顧客の元に効果的に伝わるのです。
 また、作品を指定して広告を出すことができるため、状況でセグメントされたユーザーに、関連性のある有意義な広告を届けることが可能です。
イオンシネマの座席イメージ

○シアタープロモーション

入場口で映画館スタッフが来場者に直接リーフレットや試供品などのサンプリングを配布している様子

※入場口で映画館スタッフが来場者に直接リーフレットや試供品などのサンプリングを配布している様子

 イオンシネマでは、スクリーン広告の他に、ロビーを使った広告も行うことができます。エンターテイメントの場を活かし、サンプリングやデモンストレーションなど、立体的で体験を伴うプロモーションは、まさにリアルだからこそできる広告だといえます。広いロビーを活用して、車輌や、その他特殊な設営を要する商品のディスプレーやタッチ&トライイベント等を行うこともできます。ユーザーが参加しやすい要素を取り入れることで、訪問者は時間を過ごすだけでなく、楽しい体験を得ることができ、UXが向上します。

ビッグスクーターの展示の様子

※ビッグスクーターの展示の様子

 

■地域に根ざした活動
 イオンシネマでは、ユーザーとのコミュニケーションやフィードバックを通して、顧客の声を反映した改善を行っています。ユーザーの関与度上げ、エンゲージメントを高めることで、施設はその地域独自のものへと成長し、地元の人から長く愛される存在となります。
 イオンシネマでは、各劇場の支配人が商業施設との情報交換やアンケート調査を実施し、その地域の人々に合わせた作品の選定や、上映スケジュールの調整を行っています。
 また、イオンシネマでは全95劇場がそれぞれのTwitterアカウントを運用しており、各地域に合わせたコンテンツを発信しています。ユーザーとのコミュニケーションを通して深い結びつきを築くことで、ユーザーはお気に入りの「my映画館」として地元のイオンシネマに愛着を持つようになります。

ユーザーが主体的に映画館に関わることで、映画館でできることが増え、コンテンツも多様化します。

ユーザーが主体的に映画館に関わることで、映画館でできることが増え、コンテンツも多様化します。

■ユーザーの関与度を上げ、価値を共創する取り組み
 イオンシネマでは、映画館の用途の幅を広げる取り組みを行なっています。ライブ・コンサートの鑑賞や、ユーザーが主体となったイベントの開催ができるようになりました。一方通行だった映画館と鑑賞者の間にコミュニケーションが生まれ、「ユーザー」として主体的に映画館と関わることができるようになりました。

○映画以外の上映
 イオンシネマでは、劇場の持つ臨場感を活かし、ライブや演劇、スポーツ等の映画以外のコンテンツも上映しています。現地会場の倍率が高いイベントや、公演回数が少ないイベントは、現地に行くことが叶わないファンが多く、ライブビューイングの要望が多く寄せられます。そのようなイベントに対して、ライブビューイングを実施することで、より多くの人に鮮度の高い体験を届けることができます。ライブビューイングの参加者からは、「遠方で開催されるイベントを近い映画館で鑑賞することができてて良かった」、「現地のチケットが落選・完売してしまったが、ライブビューイングを実施してくれたおかげで鑑賞することができて良かった」という声が上がっています。既存の用途に縛られず、ユーザーのニーズに沿った新たな使い方を提供することで、映画館の存在感が色濃く地域に根付いています。

○シアターレンタル
 イオンシネマの劇場は、セミナーや発表会、イベント等の用途でレンタルすることができます。別の場所の劇場と中継を繋ぐこともできるため、規模の大きいイベントでも、参加者全員が同じクオリティの体験をすることができます。オンライン会議やセミナー等でP Cの画面を通して参加するのと、映画館に来場し参加するのとでは、受け取る体験の質が大きく異なります。また、開催場所に関しても、日本各地の会場から選ぶことができるため、参加者の移動コストや時間の効率化、参加率の向上も期待できます。また、多様な席数の劇場が存在するため、参加人数に柔軟に対応することができます。これまでにイオンシネマでは、セミナーや講習会を始め、株主総会、専門学校の学業発表会等、幅広い用途で使用されてきました。映画館という設備を使い、ユーザー側からもコンテンツを発信出来るように用途の幅を広げています。

 次回は、30周年を迎えたイオンシネマが、時代に合わせて進化させている映画館のUXデザインを紹介します。8月23日(水)公開予定です。

■取材させていただいた企業様
イオンエンターテイメント株式会社
 所在地:〒1350091東京都港区台場二丁目3番1号 トレードピアお台場10F
 代表者:代表取締役社長 藤原 信幸
 設立:1991年10月8日
 事業内容:マルチプレックス方式による映画、演劇、音楽その他各種イベントの興行、
      映画館に付属する各種遊戯施設、飲食店、売店などの営業等
 URL:https://www.aeoncinema.com/company/