前回に引き続き、イオンエンターテイメント株式会社への取材内容をもとに、映画館のUXデザインについて紹介します。
 前回は、配信サービスと連携をする狙いに加え、「日本のすみずみまで、最高のエンターテイメントを届ける」を実現するために、置かれた状況や環境によって、映画館に足を運べないユーザーに向けたUXデザインを紹介しました。
 まだご覧になっていない方は、こちらからご覧下さい。

映画館のUX① 〜「映画は、映画館で観ることを前提につくられている。」 映画ファンの裾野を広げるUXデザイン〜


 今回は、映画館を利用中のユーザーに焦点を当て、「限られたスペースの中で、質の高い体験を維持する」ためにイオンシネマが取り組んだ課題について紹介します。

イオンエンターテイメント株式会社経営戦略本部経営戦略部の原田方正氏(右)と、 同じく経営戦略部の松岡あやね氏(左)が社名ロゴの前に立っている写真

※イオンエンターテイメント株式会社経営戦略本部経営戦略部の原田方正氏(右)と、 同じく経営戦略部の松岡あやね氏(左)

 イオンエンターテイメント株式会社では、日本のすみずみまでエンターテイメントを届けるため、日本各地に映画館の展開を進めています。それを実現するためには、大都市だけではなく郊外に住んでいる方にも、同じように映画館を楽しんでもらう工夫が必要です。
 通常、シネコンを建設するためには、広い敷地面積が必要となり、映画館のスペースをあらかじめ確保した建築が必要でした。しかし、2023年7月1日に富山県砺波市にオープンした「イオンシネマとなみ」はイオンモール内の大型スポーツ店の跡地を改装し、そのスペースに映画館を出店するという、今までの常識を覆す方法で建設が行われました。
 これは、イオンシネマでは初の試みとなっており、新しいシネコンの形として、運営が行われています。イオンシネマとなみは、劇場数がイオンシネマの中でも最少の5スクリーンとなっており、非常にコンパクトに設計されています。このような限られたスペースの中で、大都市の映画館と変わらない体験をしてもらうために、どのような工夫がされているのでしょうか。イオンシネマでは、限られたスペースの中でも質の高い体験を維持するため、数々の映画館を運営する中で見えてきた「課題」に向き合い、システムや設備をアップデートしていることが、取材を通して明らかになりました。

 まずは、「映画を観る前の時間」に焦点を当て、顧客の体験価値向上と、従業員の業務効率化を図る取り組みとしてDXが推進されました。
 イオンシネマでは、「休日の混雑」が課題のひとつにありました。休日にイオンシネマを利用する人の中には、子ども連れの家族が多く、チケット売り場の前や、飲食売店の前には長蛇の列ができていました。そのため、顧客は映画を観る前の時間を「行列の待ち時間」として、過ごさなければなりませんでした。
 また、働いている従業員も、急いでいる顧客に対し、とにかく「早く回す」ことが優先となってしまい、丁寧な接客をする余裕がなく、作業に追われてしまう状況でした。現場で混雑している状況を目の当たりにしてきたイオンシネマの従業員は、「待ち時間なくスムーズに映画館を利用できる状態」を実現する手立てを探していました。
 そこで、イオンシネマとなみに導入されたのが以下の2つのシステムです。

 イオンシネマでは、「e席リザーブ」という事前に席を予約できるシステムを導入しています。当日、チケットを購入する列に並ぶ必要がなく、事前に席を確保することができます。さらには発券の手間も省略し、QRコードをかざすだけで入場できる「チケットレス入場」が可能となりました。このシステムで、顧客はチケットを待たずに購入することができるようになるため、待ち時間を大幅に短縮できます。

セルフで注文と決済ができるキオスク端末

※セルフで注文と決済ができるキオスク端末

 ポップコーン等の商品の注文・決済を顧客自身で行えるようにしたシステムです。注文は専門のキオスク端末、もしくはスマートフォンから行えるようになり、キャッシュレス決済にも対応しています。このシステムにより、顧客は注文をするために並ぶ必要がなくなり、待ち時間が短縮されます。また、従業員もフードを提供する業務に専念することができ、オペレーション効率化につながります。

 これらのシステムは、「イオンシネマ幕張新都心」(千葉県千葉市)、「イオンシネマ市川妙典」(千葉県市川市)で先行導入され、オペレーションの確認が入念に行われました。
 顧客の待ち時間を短縮することでスムーズな鑑賞体験を実現し、従業員のオペレーションを効率化する「次世代オペレーション」として、全国のイオンシネマにも順次拡大予定です。

 また、DXでは、「デジタルを活用することよって、人々の生活をどのように豊かにできるのか」という視点で、DXを活用し、どのようにUXを向上させるかを考える必要があります。
 映画館のロビーにはグッズの売店や、フライヤー・ポスター、昨年から新たにカプセルトイの販売など、顧客興味の幅を広げられる工夫がたくさんあります。順番待ちの列を解消することで、顧客がロビーを回遊する余裕が生まれ、「映画を観る前の時間」をより楽しめるようになります。映画を鑑賞する前に、落ち着いて準備ができるため、鑑賞中の質も向上し、映画館で映画を観るという体験が、より特別な体験になることが期待できます。
また、従業員の視点から見ても、従来の作業は機械に任せ、顧客自身でできる部分はセルフサービスにすることで、人にしかできない接客や会話という行為に時間を使うことができ、従業員自身の働きがいも向上することが期待できます。

※最前列に設置されたコンフォートシート(イオンシネマ川口)

 映画を観ている最中は、どの席から観ても「等しい体験の質」を実現することが理想です。映画館ではスタジアム型のシート配列となっているため、どの席からもスクリーンが見渡せます。また、席の位置によって若干見え方が異なるため、自分の好みの席を見つけるのも楽しみ方のひとつだと考えられます。しかし、最前列に関しては、どうしても「見づらい」、「首が疲れる」という印象から、敬遠されるエリアでした。最前列しか空いていなかったという理由で、仕方なく最前列の席を利用する人にとって、利用中の体験価値は損なわれている状態でした。
 この「座る場所によって体験の質に差がある」という課題を解決するため、イオンシネマとなみを含む、一部のイオンシネマでは、寝そべりながら映画が観られるコンフォートシートが導入されました。最前列は、視界いっぱいに大画面が拡がり、映画を独り占めした気分で楽しめるというポテンシャルがあります。そこで、プラネタリウムのシートから着想を得て、ポテンシャルを活かした、寝そべりながら映画が観られる座席が発案されました。「見づらい」から「リラックスして迫力のある映画を楽しめる」という価値の変換が行われました。コンフォートシートの導入により、最前列でも質の高い体験ができるようになり、より多くの人に映画館を楽しんでもえるようになりました。

○「映画を観る前の時間」に焦点を当て、「休日の混雑」という課題をDXで解決することで、顧客と従業員双方のU Xを向上させる取り組みが行われている。

○最前列の新たな価値を、最大限感じてもらえる「コンフォートシート」を導入することで、鑑賞中にどの席からも、等しく質の高い体験が得られるようにした。

 次回は、地域密着型のシネコンという特徴を活かした、映画館のUXデザインを紹介します。
8月9日(水)公開予定です。

■取材させていただいた企業様
イオンエンターテイメント株式会社
 所在地:〒1350091東京都港区台場二丁目3番1号 トレードピアお台場10F
 代表者:代表取締役社長 藤原 信幸
 設立:1991年10月8日
 事業内容:マルチプレックス方式による映画、演劇、音楽その他各種イベントの興行、
      映画館に付属する各種遊戯施設、飲食店、売店などの営業等
 URL:https://www.aeoncinema.com/company/