映画館の入場者数がコロナ禍を経て回復の兆しを見せています。一般社団法人日本映画製作者連盟が発表している「全国映画概況」を基にしたデータによると、2022年の入場者数はコロナ前2019年の入場者数の8割近くにまで回復しています。
 配信サービスの充実で、いつでもどこでも映画を見られるようになった今、「映画館で映画を見る」ことの価値が変わらず評価されている理由はどこにあるのでしょうか。
 コロナ禍を経たユーザーのニーズと、それに伴う映画館の在り方の変容について、UXデザインの観点から考察していきたいと思います。
 今回取材にご協力いただいたのは、国内最大数のスクリーン数を誇るイオンシネマを運営するイオンエンターテイメント株式会社です。

イオンエンターテイメント株式会社のロゴ

 

 イオンエンターテイメント株式会社は「くらしに、シネマを。」をコンセプトに掲げ、飲食売店、グッズ売場を含む映画館の運営を行っている会社です。イオンシネマはイオンエンターテイメント株式会社が運営する複合映画館(商業施設の中に複数のスクリーンがある通称、シネコン。)で、地域に根ざした取り組みや、枠に囚われない様々な手法でエンターテイメントを日本全国に提供しています。

 動画配信サービスの登場で、数々の作品が自宅で観られるようになりました。そのため映画館は配信サービスを敵対視しているものだと筆者は予測していました。しかし、イオンシネマは動画配信サービスと連携を図り、さらにはUXを向上するための仕組みを活用していました。

イオンエンターテイメント株式会社マーケティング本部セールス部長中村勇樹

 中村氏は、「映画館で映画を観る文化は無くならないと思うが、配信サービスの方が手軽というのは事実です。敵対しているわけではなく、相乗効果で映画ファン・見る人が増えることに繋がるのは間違いないと思います。映画ファンの裾野が広がり、結果的に両者にとって良い状況になることを目指しています」と語ります。
 イオンシネマでは、「イオンシネマWEBスクリーンpowerd by U-NEXT」という動画配信サービスを提供しています。国内最大数の見放題コンテンツに加え、毎月還元されるポイントで、映画館の利用チケットや、準新作のレンタルを行うことができるのが特徴です。
以前のモデル:関連作品のを別々のサービを通して鑑賞

現在のモデル:単一のサービスで過去作から最新作まで

 このサービスで、シリーズものの最新の作品と過去の作品をシームレスに観ることができるようになりました。以前であれば、過去作品を観るためには他の配信サービスを利用したり、レンタルを行う必要がありました。
 しかし、このサービスでは、定額で過去作品から最新作品を単一のサービスで観ることができるため、今まで最新作単体を観ていたユーザーも、「過去作品も観てみよう」、「同じ監督の別の作品はあるかな」と関連作品を簡単に観ることができるようになりました。関連作品をシームレスに観られることで、作品そのもののファンが増え、それが結果的に映画館の来場に繋がります。オンライン上における「利用前の体験」を充実させることで、映画館における「利用中の体験」を最大化する狙いがあるのです。
 「作品をより楽しめる」というUXを実現するために、オンラインとリアル、それぞれの強みを活かし、連携する仕組みがとても印象的でした。

イオンエンターテイメント営業部営業推進部イイベント推進グループグループマネージャー青柳秀隆
 イオンシネマでは、「日本のすみずみまで、最高のエンターテイメントを届ける」ため、全国に「映画館で映画を観る体験」を広める活動を行っています。そのためには、置かれた状況や環境によって映画館を利用できないユーザーがいる状況にひとつずつ対処していく必要があります。「映画館のターゲット」は非常に幅広く設定されていますが、イオンシネマではターゲットで掬いきれなかったユーザーにも「映画館で映画を観る体験」を届ける取り組みを行っています。

■移動上映の取り組み
 イオンシネマでは、映画館に足を運べない人に向けて、「映画を観る体験」を届ける移動上映の取り組みを行っています。
 青柳氏は、「映画館に近い環境で映画鑑賞体験をして欲しい」と語っています。
 イオンシネマではコロナ禍において安全性の確保に力を入れてきました。ソーシャルディスタンスが叫ばれる中、密閉空間へ対する人々の不安は、入場者数の減少となって顕著に現れていました。その一方で、長い外出自粛期間によりストレスを発散する機会を失った人々も多くいました。
 そこで、イオンシネマでは、安全に映画を楽しんでもらう方法として、ドライブインシアターを開催しました。ドライブインシアターとは、商業施設の駐車場に停めた車の中から映画を鑑賞できるという方法です。親しい人のみが同じ環境にいることで安心感を与え、多くの人々から好評の声が上がりました。

ドライブインシアターの様子

※コロナ禍に開催したドライブインシアターの様子

 また、子ども連れや、ペット連れの方など、映画館へ行きにくいユーザーからも大きな反響があったと言います。ドライブインシアターを開催したことで、映画を多様なスタイルで鑑賞したいというニーズが存在することが明らかになりました。ドライブインシアターで明らかになったニーズを基に、より多様なユーザーに対応した屋外上映、屋内上映を積極的に実施しています。コロナ禍という特殊な状況に置かれたユーザーのニーズを丁寧に汲み取り、柔軟に上映方法を工夫したことで、上映方法も鑑賞方法も多様化し、さまざまな状況に対応できるようにアップデートされました。
 また、イオンシネマでは、「映画館に近い環境での映画鑑賞」にこだわり、移動上映の際でもクオリティを落とすことなく映画を上映できるよう、400インチの巨大スクリーンや、劇場さながらの音響を各地へ運び、使用しています。最先端の技術を有し、最高のエンターテイメントを届ける、イオンシネマだからこそ出来るこだわりがありました。

■在日外国人に向けた上映会
 ⽇本に住んでいても⽇本語が分からないという外国⼈は多く、そのような在⽇外国⼈にとって、映画館は⾝近な存在とは⾔えません。そのため、⺟国語での上映をすることで、ストレスなく映画鑑賞のサポートができる映画館づくりを行っています。
 「映画に没⼊できる環境を様々な方法で提供したいと考え、映画が持つ疑似体験の効果を利⽤し、⺟国を訪れることができなくても、⽇本から⺟国を感じてもらう取り組みをし、鑑賞体験を提供したい」と⻘柳⽒は語ります。

○「作品をより楽しめる」UXを実現するために、配信サービスとの連携を図り、オンラインとリアル、それぞれの強みを生かしたサービスを展開している。

○「日本のすみずみまで、最高のエンターテイメントを届ける」ため、様々な状況のニーズに対応し、映画館の在り方をアップデートしている。

 次回はイオンシネマが新店舗で行うDXの取り組み等について、UXデザインの観点から紹介していきます。7月26日(水)に公開予定です。

■取材させていただいた企業様
イオンエンターテイメント株式会社
 所在地:〒135-0091東京都港区台場二丁目3番1号 トレードピアお台場10F
 代表者:代表取締役社長 藤原 信幸
 設立:1991年10月8日
 事業内容:マルチプレックス方式による映画、演劇、音楽その他各種イベントの興行、映画館に付属する各種遊戯施設、飲食店、売店などの営業等
 URL:https://www.aeoncinema.com/company/
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