前回に引き続き、イオンエンターテイメント株式会社へのインタビュー内容を元に、映画館のUXデザインについて紹介します。
 前回は、地域密着型のシネコンとして、イオンシネマが商業施設や地域との繋がりを活かし、どのようにUXを向上させているのかについて紹介しました。
 まだご覧になっていない方は、こちらからご覧下さい。

映画館のUX③ 〜地域密着型シネコンが行う映画館の価値の共創〜


 今回は、30周年を迎えたイオンシネマが、時代に合わせて映画館のUXデザインをどのようにアップデートしているのかを紹介します。

 コロナ禍が落ち着き、外出機会の増加やイベントの復活など、人々は以前の生活を取り戻しつつあります。その中で、映画館も大きな変革の時を迎えています。感染予防対策という課題に立ち向かい、臨機応変な対応を行ったことで、映画館は再び人々にとって心温まる場所へとなっています。コロナ禍が落ち着き、映画館の在り方はどのように変化したのでしょうか。

■ユーザーの価値観の変化
 コロナによって映画館に足を運べなかった人々にとっては、映画館での鑑賞体験への渇望感が増したと考えられます。他の人と一緒に同じ場所で同じ体験をすることで、人との繋がりを感じる「社会的な体験の場」としての価値が以前よりも高まりました。
 そのため、映画館を利用するユーザーの価値観が変化したと言えます。長い自粛期間を経て、人が集まり、同じ空間で一つの作品を鑑賞するということは、以前よりも貴重な体験となりました。

■設備の重要性が増した
 映画館の「映画を最高の品質で鑑賞できる場所」としての価値が際立っています。迫力のある大画面や音響システムは、家庭のテレビやストリーミングサービスには再現できない、映画館の最大の魅力と言えます。配信サービスも増え、場所や時間を選ばず、手軽に映画が見られるようになった今、設備が大きなポイントとなっています。新たな映画の公開や技術的な進化がユーザーの好奇心を刺激し、映画館独自の高品質な鑑賞体験に期待が寄せられています。最新技術が次々と導入され、設備のレベルが以前と比べ、格段に上がっています。この最新技術が、作品の魅力を最大限拡張し、「この作品は絶対に映画館で観たい」というニーズを生みます。

 イオンシネマでは、時代とともに変化する人々の価値観やニーズに合わせ、ユーザー自身が選べる選択肢を増やすことでUXの向上を図っています。複数の選択肢を提供することで、ユーザーの様々な状況に対応できるようになり、多くのシナリオが生まれます。また、ユーザーは自分に合ったオプションを選べるようになり、満足感の高い体験を得ることができます。また、ユーザーはサービスやプロダクトの使い方に自らの意思決定を反映させることができるため、UXの価値が向上します。

■シートの展開を拡大
 コロナ禍が落ち着き、映画館の活用シーンにも変化が見られます。
 UXデザインでは、ユーザーのニーズを 状況毎に把握し、それに合わせたサービスを考える上で欠かせません。個室感のあるアップグレードシートは一人で利用し、周りを気にせずに贅沢な時間を過ごしたいシーンや、大切な人の記念日に特別な時間をプレゼントしたいシーン等を想定して考案されました。このように、シーンごとにカスタマイズされた体験価値を提供することは、UXの向上に繋がります。

イオンシネマ川口に設置されたアップグレードシート

■コロナ対策が「快適さ」を向上
 コロナ禍では、パーテーションの設置や席の間隔調整など、ソーシャルディスタンスを確保する取り組みが実施されていました。これらの取り組みは、感染を防止できるだけではなく、UXの向上にも貢献していることが明らかになりました。コロナ対策が、ユーザーの潜在的なニーズにも適応していることが分かり、その対策の一部が現在も採用され続けています。パーテーションを設置したシートや、劇場内の空気を清潔に保つ、大型空調浄化システム等が、例として挙げられます。
 健康面への配慮がされた快適な空間は、ユーザーに安心感を与え、UXの向上へと繋がりました。コロナ禍という状況において、ユーザーの具体的なニーズを反映せたことが、恒久的に映画館をより快適な設備へとアップグレードさせました。


 映画の鑑賞中、観客はスマートフォンの通知や誘惑から解放され、映画の世界観に没入することができます。その没入感は映画館が持つ大切な価値であり、観客が作品に集中できる環境を提供することは映画館の大きな役割と言えます。そのためにも鑑賞マナーを観客に順守してもらうことが必要不可欠です。鑑賞マナーを守らない観客が1人でもいると、映画館の体験価値は一気に下がってしまいます。

 騒がしい会話やスマートフォンの使用は、周囲の観客に不快感を与え、鑑賞中の雰囲気を壊してしまいます。また、座席を蹴ったり大きな音で飲食をする等の行為も鑑賞体験を損なう行為として、マナー動画等で注意喚起がなされてきました。そして、近年ではウェアラブルデバイスの普及により、光る媒体の使用が上映中の迷惑行為として目立つようになりました。スマートウォッチが光ってしまったりと、意図せず他の観客に迷惑をかけてしまったというケースも多く発生しています。

 そこで、イオンシネマでは、光る媒体が劇場内でどれだけ目立つのかを確かめる実証実験を行い、その写真をSNSに投稿しました。暗い劇場内で光る媒体を使用している画像には多くの反響があり、「実際にそのような状況を体験し、不快だった」などの共感の声等が多く寄せられました。これをきっかけに、光る媒体の使用注意を促すマナー動画が作成され、本編の前にも上映されるようになりました。

SNSに投稿された実証実験の様子

※SNSに投稿された実証実験の様子

 VOC活用の取り組みとして、イオンシネマではSNSアカウントを各劇場で持ち、地域独自のコンテンツを発信することで、ユーザーとの関係構築を強化しています。ユーザーの声を拾い、サービスに反映させることでUXを改善しています。SNSから得られる情報は二次情報のため信憑性が低い場合もあります。その一方で、SNSには拡散力があり、同じことを考えているユーザーに対して多くの共感を生むことができます。イオンシネマでは、この特徴を活かすことで、問題を早期に発見し、ユーザーを巻き込みながら鑑賞マナーの改善を行なっています。このように、VOCを活かすことで、時代に合わせて変化する、映画館の利用マナーの問題にも、迅速に対応することができるのです。

 30周年を迎えた今、イオンシネマでは「くらしに、シネマを。」というコンセプトを全国のスクリーンを通して体現しています。これまでに紹介したUXの改善に加え、特定の日にお得に映画館を利用できるハッピーマンデーやハッピーモーニング等のサービスデーを設けることで、映画館をより気軽に利用してもらう工夫をしています。
 イオンシネマでは「いつでもどこでも常に新しい空間・映像・サービスでお客さま一人ひとりのくらしに驚きと感動を届けること」を今後の展望としています。
 地域に寄り添い、ユーザーのニーズを汲み取り、仕組み化できる組織力と、人にしかできない地道な関係構築が、人々の生活になくてはならない映画館を作っているのだと感じました。

■取材させていただいた企業様
イオンエンターテイメント株式会社
 所在地:〒1350091東京都港区台場二丁目3番1号 トレードピアお台場10F
 代表者:代表取締役社長 藤原 信幸
 設立:1991年10月8日
 事業内容:マルチプレックス方式による映画、演劇、音楽その他各種イベントの興行、
      映画館に付属する各種遊戯施設、飲食店、売店などの営業等
 URL:https://www.aeoncinema.com/company/